「いかにバーベルが効果的か」 by Michael Wolf | November 26, 2017 Translated by 八百 健吾 [Japanese translation of Strength & Barbells: The Foundations of Fitness] クライアントやアスリートの方 から「なぜ高重量のスクワットをしなければいけないのか?」や「ランジでは代わりにならないのか?」とよく訊かれます。違う種目について多少言い回しを変えて同じ趣旨のことを訊かれることもよくあります。 もし、こういった質問を受けるたびに1ドルずつもらえたとしたら、ずっと開設しようと思っていたフリーウェイト専門ジムのトレーニング機材を揃えるだけの金額になるでしょう。インターネットの情報交換サイトで同じ質問を見てきた回数をこれに加えたら、ジムの家賃までまかなえてしまだろうと思います。 物理的な)力を生むことと、その重要性はマーク・リプトーの著書やセミナーでしっかりカバーされています。こういう情報源があるにも関わらず、迷われている人がたくさんいるようなので、この記事を書くことにしました。 一部の人に関しては、情報不足が問題かも知れません。マーク・リプトーの本を読み、セミナーに通えばすべてハッキリします。他には、情報が本やセミナーなどいろいろなところに散らばっているので、まとまりということかも知れません。 これまで馴染みのなかった話題に関して一度にたくさんの情報を詰め込むと、頭の中で論理的にパッケージ化して、あとで必要になったとき思い出すということが難しいこともあります。筋力トレーニングやバーベルの有効性は認識していても、「なぜ?」という疑問に的を射た答えを出せないでいるのでしょう。 力を生む」ということとバーベルトレーニングに関して、ひとつの記事で簡潔にまとめ、次の2つの疑問にこたえを出したいと思います。 なぜ「筋力」と「力を生むこと」に焦点をあてたトレーニングをするべきなのか? なぜこの目標を達成するのにバーベルが最良の手段なのか? この記事はマーク・リプトーの本やセミナーの代わりにはなり得ませんが、「なぜバーベルトレーニングが有効で大切なのか」というテーマの簡潔なまとめにはなります。 ここに書くものはまったく私のオリジナルではありません。リプトーはいつももっと明確にこのテーマについて解説してくれますが、要点を一箇所にまとめて上記のふたつの疑問に答えたいと思います。 先に進む前にすこし基本的なことを押さえておきましょう。「筋力」とは外からの負荷に対応する「力を生む能力」であり、「力」とは動きを作るものです。この定義を念頭に読み進めてください。 では本題ですが、ダンベルでのランジやプレス、ケトルベルのスイング、クリーン、プレス、TRXでは何か不足があるのでしょうか?そもそも、なぜパワーリフターでもない人が、「力を生む」ためトレーニングをする必要があるのでしょう? 答えはいたってシンプルです。「シンプルでキツい」というのは「複雑でかるい」ものほど売り上げにつながらないので、最近のフィットネス業界は複雑で飾り気の多いものを好み、そのこたえを避けていますが、筋力は最も全般的に有効で、その他すべての要素に最も影響します。 自重、TRX、バランスボールに乗ってダンベル体操、どんな形でもウェイトトレーニングをするとき、筋肉は力を生み出しています。自分の筋力の何パーセントかを使って重りを持ち上げたり、自分の身体を動かしたり、ケトルベルを振り回したりしているワケです。 私たちの身体の筋肉はシンプルなエンジンのようなもので、動く方向を変えることはできません。脳からの指令を受けて収縮し、その筋肉がつながっている骨を動かします。つまり、ウェイトトレーニングは種類を問わず「力を生む」ためのトレーニングで、より大きな力を生むために筋肉を鍛えているか、時間を無駄にしているかということだけが問題になります。 ジム・カウリーの「10のフィットネス要素」は現在ある中で最もよくできた物差しでしょう。これに照らすと、筋力を上げるためにトレーニングをする理由がハッキリします。 1. 心肺機能 心配機能は影響の受け方が最も小さい要素ですが、5レップの高重量セットを組んでのウェイトトレーニングは確実に心臓に負荷を掛け、心肺持久力を少し向上させる効果があります。 2. スタミナ 最大筋力が伸びることで、各筋肉群の持久力は大きく向上します。著書 “Strong Enough” や各セミナーでリプトーが次のように解説しています。 100マイルの自転車レースでのペダルひと漕ぎは、サイクリストの最大筋力のほんの小さなパーセンテージの力を繰り返し使う形になります。数字にして例えてみましょう。このサイクリストが100ポンドのスクワットができて、ペダルひと漕ぎが彼の最大筋力の0.1/100に当たるとします。そこで6週間のトレーニングでスクワットの重量が200ポンドまで上がると、最大筋力に対する同じ条件でのペダルひと漕ぎは以前の半分の割合になります。0.1/200つまり0.05/100です。 これで彼は同じスピードで距離を延ばしたり、より強くペダルを踏み力を生み出すことで、同じ距離を速く走ることができるようになります。 3. 筋力 筋力を上げるわけですから、この要素が向上するのは当然ですね。 4. 柔軟性 もし、この世に筋力アップの魔法の薬があってそれを飲むだけなら柔軟性は変わらないかも知れませんが、現実に即した話をしましょう。 筋力トレーニングで可動域をいっぱいに使うことで、柔軟性が不足していれば向上し、十分な柔軟性があれば維持されます。あまりに身体がかたい場合、はじめはストレッチが必要なこともありますが、いったんバーベルトレーニングの種目でカギになる姿勢をとれる柔軟性がついたら、あとはただ定期的にその種目をこなすことでほとんどの場合十分な柔軟性を保つことができます。 5. パワー ここではパワーの定義は「力 × 距離 ÷ 時間」です。もう少し分かりやすく言うと、素早く瞬間的に発揮できる筋力というコトです。 自分の持つ筋力を瞬間的に発揮する能力というのは遺伝によるところが大きいのですが、この公式の筋力側は鍛えることで大きく伸ばすことができます。時間側を伸ばすことができなかったとしても、筋力側が伸びればパワーも伸びるということはシンプルな算数で理解することができますね。 リプトーいわく「500ポンドのデッドリフトができる人は、必ずデッドリフト200ポンドの人よりも重いウェイトでクリーンができる」ということです。 6. スピード まっすぐ走るときのスピードは、地面に伝えられる力の大きさが最も大きく関係します。当然のことのようにも思えますが、以前はストライド間の時間もスピードに大きく関係していると考えられていました。 2000年、応用生理学ジャーナルに掲載された研究の中で、ピーター・ウェイアンド博士は、スピードに関係なく、ほぼすべてのヒトのストライド間に掛かる時間は同じであると結論づけました。 つまり、走るスピードを決める主な要素は、ストライド間の時間ではなく、地面にどれだけの力を伝えられるかだと言えます。オリンピックレベルの選手は平均的なランナーに比べて、非常に大きな力を伝えられているということです。 もちろん、金メダルの9.63秒と銅メダル9.79秒の差を考えるような場合には、力を生むこと以外にも、技術や効率などの細かな要素が出てきますが、一般的なランナーで筋力トレーニングを十分に行っていない場合には、筋力が上がると直接スピードに良い効果がでます。 これまでにトレーニング経験のない人(特に子ども)がスクワットとデッドリフトを行ったときのスピードへの影響は特におもしろいです。 高校のサッカー選手が2週間スクワットとデッドリフトのやり方を学んだあと、40ヤード走のタイムがまるまる1秒縮んだことがありました。筋力は上がったにしても、スクワットを6日、デッドリフトを3日というトレーニング回数で、こんな劇的にタイムが伸びるだけの筋力向上につながったとは考えにくいです。私は、背中を安定させることを学んだのがタイム向上に大きく貢献したのだろうと考えます。 ランニングでも、ウェイトトレーニングでも、背中が安定すると力を効率的に伝えることができます。この場合では、脚やお尻の「エンジン」で生み出された力が、片方の足から背骨を介してもう一方の足へスムーズに伝わり、効果的に身体を前に進められるようになります。逆に背中がまっすぐ安定していないと、ストライドの途中で曲がりが生まれ、脚とお尻で生まれた力が背骨に吸収されてしまい、うまくスピードの向上につなげることができなくなります。 トレーニング経験のない一般人は、うまく背骨を安定させることができません。イスやソファに座って過ごす生活スタイル、農作業などの肉体労働から事務仕事へのシフト、もしくはエアコンの普及など、原因はいろいろ考えることができますが、何にしても一般的な人たちは、立っているとき以外は背骨をまっすぐ保つ術を知らないのです。立っているときにもできない人も少なくありません。 幸い、運動が苦手な人でも脊柱起立筋の使い方は比較的カンタンに習得できます。セミナーで会うウェイトトレーニングの経験がある人の中にも、毎回いくらかは起立筋を意識的にコントロールできない人がいますが、数分あればコツを教え、トレーニングに取り込むことができるようになっています。 スクワットとデッドリフトでは、負荷を掛けた状態でこの脊柱起立筋をコントロールすることが求められます。 この「背骨を安定させて脚で生まれた力を伝える」という要素はランニングやスプリントにも応用することができます。 7. 身体の使い方 身体のモーター部分を動きの中に取り入れて最大筋力を発揮するのがうまくなればなるほど、負荷の軽い状態での動きをこなすのはカンタンになっていきます。 「10. 精度」もあわせて読んでください。 8. 敏捷性 筋力を上げることで、ひとつの動きから違う動きへの移るのに掛かる時間を短縮できます。必要な力をすばやく生み出し、ある方向を向いて動いている身体を止め、慣性に打ちかって、方向を変え、次の動きに移行できるようになります。 9. バランス 重心を保つのは、部分的に筋力とも関係しています。このことを説明するのにリプトーは仰向けに寝転がった状態を例えに使います。寝転がっているときはバランスを保つのにまったく力を使う必要はなく、一番楽な姿勢と言うことができます。ここから起き上がって座るには、少し力を使います。脚、体幹、背中など身体を起こすのに必要な筋肉が動員されます。さらに、立ち上がり、歩き、走り、最終的にはスクワットまで、ステップを踏むごとに難しくなっていきます。重心を身体の基礎の上に保ちバランスを取るために、より強い筋力が必要になります。 バランスというのを、ウェイトトレーニングではなくスポーツ競技力の観点から見るとおもしろいです。 以前は、不安定な場所でウェイトトレーニングをすると、安定した場所でもっと重いウェイトを使った旧来のトレーニングを行うよりもバランスを取る力が伸びると考えられていました。(いまもそう考えている人が多くいます。) これは研究によって誤りとされ、現在トレーニングやコンディショニングに真剣に取り組んでいる人はバランスボールを使うことはなくなりました。 売り上げ目当てのジムのトレーナーたちが、トレーシー・アンダーソンやジリアン・マイケルズのマネをしてお客の目をひこうとしているくらいでしょう。 研究の結果を待たなくても少し考えれば分かることでしょう。グラついた板の上、Bosuやバランスボールの上で安定して立つことができるのは、スポーツのスキルのようなものです。2週間くらい筋力トレーニングのついでに練習してみたらボールの上に立つのに慣れてしまうでしょう。しかし、これはボールの上でバランスを取るのがうまくなるだけで、スポーツ競技力を高めるための筋力強化には無縁のものです。完全な運動不足の人ならいざ知らず、筋力を上げ、あらゆる条件下で重心を保つ力を伸ばすためのトレーニングにはなりません。 スクワットで500ポンド挙げられるようになれば、綱渡りの達人になれるとかスノーボードのエキスパートになれるというワケでもありません。バランスが重要なスポーツの多くは技術的な要素が大きく、筋力が上がってもそれ自体がスポーツの技術向上につながるワケではないので、練習で磨いていく必要があります。ただ、筋力が十分でなければ、トレーニングをすることで自分の持つ技術をより発揮できるようになります。 健康な人の大多数はトレーニング経験がなくても日常生活に必要な筋力は備わっていますが、トレーニングの最も大切な効果のひとつに、高齢の方の生活の質を取り戻せることがあります。筋力トレーニングをすることで介助なしでイスから立ち上がったり、トイレに行ったりすることができるようになります。バランスを保って歩けるようになり、転んで腰の骨を折り自立した生活が終わってしまうなんて事態も避けられます。 10. 精度 繰り返しになりますが、ある方向の動きをコントロールする能力は、その方向に発揮できる最大筋力が上がることで大きく向上します。 例えば、全力を出して3ポンドのボールを30フィート先の的に投げるのが精一杯だとします。そこで1〜2ヵ月バーベルトレーニングで強化をして、6ポンドのボールを同じ的まで投げられるようになったとします。このとき、3ポンドのボールを使うと、より正確に投げられるようになります。スタミナと似たような形で、自分の最大筋力に占める割合が小さくなるので、より繊細なコントロールが利くようになるのです。 もちろん、結果はボールを投げる技術によりますが、技術レベルが同じなら筋力が上がるだけで精度が上がります。 これらのことを考えると、筋力とは身体を動かすことだけでなく、心肺機能以外のスポーツのあらゆる要素に深く関係していることが分かります。 ただ、心肺機能は比較的短期間で伸ばすことができますが、筋力を上げるのには時間が掛かります。心肺機能の向上は代謝や化学的作用によるものなのに対し、筋力の向上には身体の構造そのものの変化が必要になるからですが、これは一生にわたって続くような長くゆっくりとしたプロセスです。 これはジョナサン・サリバン博士が情報交換サイトで「スクワット5レップで消費されるカロリー量」について話す中で簡潔に説明しています。 無酸素運動、または有酸素・無酸素の運動を合わせて行ったときのカロリー消費量を正確に求めるのは非常に難しいとされています。 ランニングやピラティスのように酸素消費量とカロリー消費が分かりやすい相関関係にあり、運動を終えるとベースラインに戻っていくような消費の仕方をしないのです。 体内組織レベルで身体を再構築していく回復プロセスに必要なカロリーは非常に大きく、これを考え合わせなければいけません。もし、それを正確に測る術があったとすれば、高重量のスクワットを行ったあとは数日にわたってカロリー消費が上がるという結果になるでしょう。実際の消費量には個人差がありますが、消費カロリーの多くは体脂肪の蓄積よりも回復、成長、グリコーゲンの充填にまわされるでしょう。 筋力を上げることで先に挙げた10の要素の内9つまでが大きく向上します。残る心肺機能は短期間で伸ばすことが可能で、筋力を上げるには身体の構造変化が必要で時間が掛かるということを考えると、筋力向上に第一に取り組み、心肺機能やその他の要素は必要に応じてカバーしていくべきでしょう。 筋力トレーニングの重要さは分かったとして、次に気になるのが「なぜバーベルが最良のトレーニング方法なのか?」ということです。 たいていの人が、友人・親戚などでダンベルや自重トレーニングだけで筋肉を付けるのに成功した人を知っているでしょう。それなのになぜバーベルなのか? もちろん、他の方法では筋力を上げることができないというワケではありません。しかし、他の方法はどれもバーベルにしかクリアできない制約を抱えています。 1.自在に負荷が調整できる 小さなプレートやワッシャーなどを使って全体の重量を1ポンド単位で調整することができます。 2.最も大きなウェイトを使える 筋力を最大限に上げたいと考えるなら、最も大きな重量を扱える道具を使うべきでしょう。 3.ほんの数種目で強化できる 数多くの種目を覚えなくても、バーベル種目は体全体に負荷を掛けられます。 筋肉に限らず、腱・骨・靭帯・心臓・血管・肺・皮膚にいたるまですべてを強化することができます。 4.いつも一定の可動域が使える 客観的に筋力の伸びを捉えることができます。 こういったバーベルのアドバンテージをもう少し考えてみましょう。筋力トレーニングを始めてしばらくすると、最大筋力を上げるには比較的早い段階でバーベルが必要になる種目があります。 例えばスクワット。確かにゴブレットスクワットである程度の筋力強化はできますが、この姿勢で抱えられる程度のウェイトでは脚の筋肉を鍛えるのに不十分になってきます。多くの男性はそこまで2週間も掛からないでしょう。 その後は筋持久力を上げるだけのトレーニングになり、先の10の要素の内スタミナしか向上しないということにになります。 ダンベルベンチプレスは中級者の良い補助種目になり得ますが、これにも制約があります。まず、ウェイトが重くなるほどスタートポジションに入るのが難しくなってしまうこと。そして、さらに重要なのが重量の調整です。通常5ポンドごとに増やしていくことになりますが、ギリギリのウェイトでトレーニングをしていると、これは幅が大きすぎることがよくあります。そして、バーベルベンチプレスのようにハッキリと客観的に分かる可動域が決まっていないことも挙げられます。 最後に、バーベルは最も大きな重量で身体全体に負荷を掛けることができます。いろいろな筋肉を使って身体を安定させるトレーニングにもなります。例えば、体幹部の筋肉は身体をブレさせないアイソメトリック機能を果たし、背骨を安定させています。体幹をしっかり安定させて背骨を守るトレーニングができるのは、まさにバーベルの真骨頂です。 するどい人は「ダンベルやケトルベルでも同じことができる」と言われるかと思います。たしかにそうですが、バーベルほどの大きな負荷を掛けることはできません。いろんな種類のパロフプレスの人気が高まってきているのは、この業界が腹筋やその他の体幹筋肉群の機能を理解し始めている表れでしょう。クランチやシットアップが決して最良の腹筋トレーニングではないということです。そして、バンドやケーブルを使って回転や屈曲に耐える体幹に特化したトレーニングもスクワット、デッドリフト、プレスがあれば不必要なものになります。 バーベル以外のトレーニング方法にはこの4つのアドバンテージはありません。 他の方法で筋力アップは可能だとしても、ホンキで身体を鍛えたいと思ったとき「効く方法」か「もっと効く方法」どちらを選ぶべきかは明らかです。 最大筋力を上げることで、あらゆる要素の向上につながることが分かりました。スポーツ競技や日常生活の種類によって必要な筋力レベルは変わりますが、筋力が上がることはすべての人にとってプラスになります。そして、バーベルが最良のトレーニング手段だということです。 おそらくジムのスクワットラックは混み合っていないでしょう。さっそく始めましょう。 English version